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うじゃうじゃ雑記帳
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エレファント・マン
エレファント・マン


1980年:アメリカ・イギリス
監督:デヴィッド・リンチ
出演:ジョン・ハート、アンソニー・ホプキンス、アン・バンクロフト、ジョン・ギールグッド、ウェンディ・ヒラー、フレディ・ジョーンズ、キャスリーン・バイロン、ハンナ・ゴードン

19世紀末のロンドン。21歳の青年ジョン・メリックは、その奇異な容姿から“エレファント・マン”と呼ばれ、見せ物小屋で自らを晒しながら生きていた。ある日、外科医フレデリック・トリーブスはその姿を目にして衝撃を受け、メリックを学会へ発表する。その後、虐待を受け続けてきたメリックを病院で保護し、高い知性を持っていることもわかり一躍時の人となる。ここでも好奇の目にさらされることとなるが、メリックの望みは「人間らしく生きる」ことだけだった……。



ままんが観てたので一緒に鑑賞

なんていうか、凄く凄く考えてしまったのです

差別なんかない世界であればいい

と思っても、実際自分とかけ離れた姿の人間を見れば、戸惑ってしまう
自分は五体満足で生まれてきたから、色や大きさなんかの違いはあっても、大まかな形は「人間」だから
でも、たとえ姿形が別物であっても「人間」から生まれた彼もまた、間違いなく「人間」であって、間違っても動物なんかじゃない。それはわかるんだけどー…

自分の想像し難いものを目の前にしたとき
目の前にあるものの得体が知れないとき
目の前にあるものが自分と同じ生き物だと信じ難いとき

どうしても差別せずには居られないんだろうな
自分とは違う、と線を引かずには居られない
「可哀相」や「酷いわ」っていう言葉は、結局どうあったって上に立っているからこそ出てくる言葉
彼を受け入れた人が居た事で、彼は幸せを感じられたかもしれないけれど、周りの人が彼と同じ様に幸せを感じられたか、と言えば、そんなこともないんじゃないかな
何て切ない幸せだろう…
というより、本当に彼が幸せを感じられたかも、今ではわからないんだけども…

だから色々考えてしまうんだよねー…

昔、「かわいそう」って言葉を使うのが凄く嫌だった時期があって
小学生の時だったんだけど、それを話した大人に「何故?」って聞かれた

「かわいそう」と言っても、私はその人と変われないから

って私は答えたの
それは今でも確かにそう思ってるのに、気付けば「かわいそう」って言葉を普通に使ってる大人になってたんだよね
うーんうーん、色々考えてしまうんだよねー…

五体満足に生まれてきた自分と、観てる時に側で眠ってた一番下の弟も五体満足に生まれてきて元気に育ってるのを見て、凄く安心したのね
元気に生まれてきて良かったー
元気な子に生んでくれてありがとう
そう思いながら、この映画…ていうか物語を観て、そういう風に感じることすら間違ってるのじゃないか とか…
そんな風に思ってしまうのです



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